「人を育てる」と聞くと、皆さんはどのような姿を思い浮かべるでしょうか。
仕事の進め方を教えること。
細かな手順を説明すること。
失敗しないように先回りしてアドバイスをすること。
困った時にはすぐに手を差し伸べ、正しい方向へ導くこと。
どれも、人を育てるためには大切なことです。だからこそ、多くの職場では、丁寧なOJTや細かな指導が行われています。しかし、私は時々こんなことを考えます。本当に、人は「教えられること」で育つのだろうか、と。
前回のブログでは、「転ばなければ、見えない景色がある」というテーマで、失敗からしか得られない学びについてお伝えしました。人は、実際に経験して初めて腹落ちすることがあります。どれだけ言葉を尽くしても、自分で考え、自分で悩み、自分で立ち上がった経験にはかないません。だからこそ、人を育てる立場になると、もう一つ大切な役割が生まれるのではないでしょうか。
それは、「教えること」ではなく、「待つこと」です。
もちろん、困っている姿を見れば助けたくなります。失敗すると分かっていれば、つい口を出したくもなります。それは相手を思う気持ちがあるからこそです。
けれど、その一言が、相手から「自分で考える機会」を奪ってしまうこともあります。育てるということは、相手の可能性を信じること。そして、自分で考え、自分で経験し、自分で答えを見つける時間を待つことでもあるのだと思います。本稿では、「育てるとは、信じて待つことである」という視点から、人が本当に成長するために必要な環境と、育てる側に求められる姿勢について考えていきます。

【目次】
1.「教えること」が育成だと思っていないか
2.人は、自分で考えたことしか身につかない
3.待つことは、何もしないことではない
4.信じるからこそ、聴くことができる
5.待つことは、育てる側の人間力でもある
6.共創ソリューションズとしての価値
1.「教えること」が育成だと思っていないか
「人を育てる」と聞くと、多くの人は「教えること」を思い浮かべます。
・仕事の手順を説明する。
・失敗しない方法を伝える。
・細かな指示を出し、困ったらすぐに助ける。
こうしたOJTは、多くの職場で行われていますし、もちろん必要なことです。育てる側も、「自分は部下のために時間を使っている」という実感を持ちやすく、周囲から見ても熱心に指導しているように映ります。しかし、私は時々立ち止まって考えます。本当に、人は「教えられること」で育つのだろうか、と。
知識は伝えることができます。経験談も話すことができます。
けれど、「経験そのもの」は、誰かから渡してもらうことはできません。人は、自分で歩いた道だからこそ、その景色を忘れないのだと思います。
2.人は、自分で考えたことしか身につかない
前回のブログで、「転ばなければ、見えない景色がある」というお話をしました。
自転車は、何度説明を受けても、実際に乗らなければ乗れるようにはなりません。何度か転び、バランスを崩し、それでももう一度挑戦する。その体験が、自分だけの感覚として積み重なっていきます。
仕事も同じです。
上司が「その方法では失敗する」と分かっていても、部下は実際に経験して初めて腑に落ちることがあります。もちろん、大きな損失につながることまで任せるべきではありません。しかし、挑戦する前から答えを与えてしまえば、自分で考える機会を失ってしまいます。「教えてもらった答え」は忘れてしまうことがあります。けれど、「自分で考えた答え」は、その人の財産になります。だからこそ、育成とは答えを与えることではなく、考える力を育てることなのだと思います。
3.待つことは、何もしないことではない
「待つ」という言葉を聞くと、「放任すること」と受け取られることがあります。しかし、本当の意味で待つことは、決して何もしないことではありません。
・相手の様子を見守る。
・困った時には支える準備をする。
・必要な時だけ手を差し伸べる。
・そして、自分で考える時間を奪わない。
それが、本当の意味での「待つ」ということではないでしょうか。困っている姿を見ると、つい助けたくなります。遠回りをしているように見えると、「そのやり方ではうまくいかないよ」と言いたくなります。
その気持ちは、相手を思うからこそ生まれるものです。
しかし、その一言が、相手の成長の芽を摘んでしまうこともあります。待つことは、消極的な行動ではありません。相手の可能性を信じるという、積極的な姿勢なのです。
4.信じるからこそ、聴くことができる
部下が相談に来た時、私たちはつい答えを言いたくなります。
「こうした方がいい。」
「私ならこうする。」
その方が早く解決することもあるでしょう。しかし、一度だけ立ち止まってみてください。まずは、「あなたはどう考えたの?」と問いかけてみる。そして、その答えを最後まで聴いてみる。
なぜその判断をしたのか。
何に迷ったのか。
どんな思いでそこに至ったのか。
その言葉に耳を傾けることで、その人の考える力や価値観が見えてきます。前回までのブログでお伝えしてきた「傾聴」は、まさにここにつながっています。人は、話を聴いてもらうことで、自分自身の考えを整理し、答えに近づいていくことがあります。だからこそ、育成とは「教えること」よりも、「聴くこと」が大切な場面も多いのです。
5.待つことは、育てる側の人間力でもある
実は、一番試されているのは、育てる側なのかもしれません。
・失敗を見守ることができるか。
・焦らず待つことができるか。
・相手の可能性を信じ続けることができるか。
・そして、自分が答えを言いたい気持ちを抑えられるか。
これは決して簡単なことではありません。育てる側にも、不安があります。責任があります。「もし失敗したらどうしよう」という思いもあります。
それでも信じて任せる。必要な時だけ支える。
その覚悟こそが、人を育てる土台になるのではないでしょうか。育成とは、部下を成長させる技術ではありません。育てる側の人間力が問われる営みなのです。
6.共創ソリューションズとしての価値
私たち共創ソリューションズは、答えを提示するだけのコンサルタントではありたいとは思っていません。もちろん、これまでの経験から得た知見や解決策はお伝えします。しかし、それ以上に大切にしているのは、お客様ご自身が考え、納得し、自ら行動できるようになることです。
・まずはお話をじっくり伺う。
・一緒に課題を整理する。
・考えを深めるための問いを投げかける。
・そして、ご自身で導き出した答えを、全力で応援する。
それが、私たちの考える「伴走」です。
軍師とは、前を歩いて道を指し示す人ではありません。隣を歩きながら、ときには少し後ろに下がり、その人が自分の足で歩けるようになるまで信じて待つ存在です。
育てるとは、信じて待つこと。その姿勢を、私たち自身も忘れずに歩み続けたいと思います。
人を育てることは、決して簡単なことではありません。
教えることも大切です。経験を伝えることも大切です。失敗しそうな時に手を差し伸べることも、時には必要でしょう。しかし、それ以上に難しいことがあります。それは、「信じて待つ」ということです。
目の前で迷っている姿を見ると、つい答えを教えたくなります。遠回りをしているように見えると、「こちらの方が早いよ」と声をかけたくなります。それは相手を思う気持ちがあるからこそです。けれど、その優しさが、ときには相手から「自分で考える機会」や「自分で乗り越える経験」を奪ってしまうこともあります。
人は、自分で歩いた道だからこそ、その景色を忘れません。自分で転び、自分で立ち上がった経験だからこそ、自信になり、次の挑戦への力になります。だからこそ、育てるとは、答えを与えることではなく、相手の可能性を信じることなのだと思います。
信じるということは、放任することではありません。必要な時には寄り添い、耳を傾け、支えながらも、自ら歩く力を信じ続けることです。それは、育てる側にも勇気が必要です。
待つことには、不安もあります。失敗するかもしれないという怖さもあります。それでも、「この人ならきっと乗り越えられる」と信じる。その覚悟が、人を大きく成長させるのではないでしょうか。そして、もう一つ大切なことがあります。
人を信じるということは、相手の「今」を信じるだけではありません。まだ見えていない未来の可能性まで信じることです。
今はできなくても、経験を重ねれば必ずできるようになる。
今は失敗しても、その経験がいつか誰かを支える力になる。
そんな未来を信じられる人こそ、本当の意味で人を育てられる人なのだと思います。共創ソリューションズは、これからも答えを与えるのではなく、一人ひとりの可能性を信じ、その人らしい成長を支える伴走者であり続けたいと考えています。
育てるとは、信じて待つこと。
その時間は、相手を育てるだけではありません。信じ続ける私たち自身の人間力も、静かに育ててくれているのだと思います。
